多くの陽性者がホテルに向かう中で、病室隔離となった私は一人空港に残った。ドクターの診察も終え、あとは空港の隔離室が開くのを待つだけだ。私はちょうどいま、入国審査を受けるロビーにいる。深夜なので空港業務は終わり、誰一人もいない。こんな光景は今後見る事はできないだろう。
トイレに行くと、職員がついてきた。私が触れるところすべて消毒して回る。それを見ると自分が病原体の塊なのだと自覚させられる。自尊心が著しく傷ついたと言いたいところだが、そもそも自分はそんなに立派な人間ではなかった。むしろ職員の方々に申し訳ないと思う。

ここから3時間くらいは待った気がする。既に朝4時になっている。ようやく隔離室が開いた。トイレと、硬いベット。シンプルなデスク。部屋というより留置所に近いのではないだろうか。とはいえ留置所を経験したことがないからこれでもマシなのかもしれない。

ようやく毛布に入ることができた。空港の環境は劣悪だ。とにかく空気が乾燥しているうえ、寒い。待機中はダウンジャケットを体に巻き付けていたが、狭い部屋で動けず、おまけに大型の換気扇に囲まれている。空気どころか精気までも吸い取られてしまいそうな勢いだった。
だから毛布のありがたみは大きい。薄くてゴワゴワした毛布だけれども、今の私にとっては羽毛布団のようにも思えた。このコロナがなければ、そう2年前なら、おいしい寿司屋にいて、家族に米国生活の土産話をしていた頃だ。
今、私は外側からロックされた隔離室にいる。硬いベットと、極度に乾燥した空気と寒さ。長時間のフライトの疲れもシャワーで癒せぬまま、汚いジーンズと靴下さえ変えられず横たわっている。

寒気を感じる。喉も痛い。そういえばダルい。熱っぽさもある。ついに発症したのか。でもちょっと待って。帰国日は部屋の片づけに手こずったために寝ないまま飛行機に乗った。機内では数時間、仮眠しかしていない。そして日本到着から約10時間、過酷な環境に晒された状態だ。この状況下で体調を崩さないほうがおかしい。寝よう、とにかく今は何も考えず寝よう。