スーパーカーオーナーになりたい!そう思わせたきっかけの車がみんなにもあるはず。
自分にとってはそれはF430 Scuderiaだ。

そうそうこれこれ。このデザインって古くならないなあ。やっぱりかっこいい。

じゃあそのスーパーカーに照準をあてた場合、一点狙いでひたすら貯金するのがいいのか、それとも”きざんで”最終目標とすべきなのか。
途中で妥協した車を買うことはステップアップへの布石なのか、それともただの回り道なのか。

自分の体験を基にするなら迷わず”きざめ”って言えるわ。

最初は小さな一歩

スーパーカーに淡い憧れを持っていた12年ほど前、当時の上司に言われた「君は若いのに随分保守的な車に乗ってるんだね。」の声にスポーツカーを買うことを決心。

最初は986ボクスターだ。

こいつを買ってから行動が変わった。

当時乗っていたW211のE320は単なる移動手段としてしか考えていなかったが、こいつを手に入れてから走る喜び、そして「交流する」ことを覚えた。

はじめて当時の上司に声をかけてもらって日曜日の朝大黒パーキングエリアに行った時のことは今でも覚えている。

連なる独特の造形の車たち。上司に紹介された人達にも声をかけてもらったりと、そこには自分の知らない世界があった。

そして何年か経過したある日、次の段階に進むことを決心した。Maserati Gransportsを買った。車に上も下もないとか言うけど、少なくても車コミュニティに所属していると車によってつきあう(つきあえる)人たちは変わってくる。ボクスターからグランスポーツに乗り換えて、呼ばれるツーリングやイベントが変わった。

Gran Turismo5のCMにも出ることができた。

実際はコマ送りで確認しないと見えないぐらいだけど、電車の中吊り広告で自分の車を確認できたときはそりゃもううれしかったね。

車は同時に自分も成長させてくれた

スポーツで上手い人たちとプレイすると自分も上手くなる、みたいなことがある。

料理も、美味いものを食べてない人は美味いものが作れない、とも言う。

いろんな意味で面白い人たちと付き合うと、自分も人間的な面白さが高まる。そう思う。

スーパーカーコミュニティに片足をつっこむことに成功し、付き合う人の幅が広がった。仕事の話はほとんどすることなかったけど、刺激は色々うけることができた。サラリーマンの道の極め方や、もっとリスクをとってリターンを追求する道までいろんな可能性を感じることができた。知らない世界がそこにあって、自分の世界も知らない道を歩めるようになった。

もちろん楽しいことばかりじゃなく、人間関係に悩んでみたり、調子に乗って下のような状況(@富士スピードウェイ)になってみたり。

でも後悔したことはない。それによって得たことのほうがはるかにでかい。

とどのつまりは時間との戦い

閑話休題。
冒頭の問い、あこがれの車を買うまでずっと我慢するのか、それともちょっと下のランクの車をちょこちょこ乗り換えて行くのか。

人によって求めるものは違うかもしれないけど、やっぱり時間との戦いはあると思う。
体験できる世界、出会える人。多分理想の車を待ってたら数年はロスしてたと思う。正直なところ、突き詰めて考えると車に求めてるのは必ずしも車そのものじゃなくて、そこから得られる承認欲求の充足だったりするし、それなら早く体験できることが得じゃない?って自分は考える。

別の見方をすれば、遠回りすることによってかかる余計な金額と、早めに自分が好きなことに取り組んだことによって得られるリターンのバランスだ。ここでいうリターンは自己満足かもしれないし、もっと金銭的に換算できるような新たな繋がりかもしれない。まあそんなの計算できないし、とりあえず今、今一歩踏み出してみようよ!ってのが自分の考え。

だから、一見妥協に見えても、その貯金を頭金に、生活を脅かさない程度に一番頑張った買い物をするのがいいよ、とみーと君は恐れ多くもここに記す。

ちなみにScuderiaはいまだにフェラーリの中では一番美しい車だと思うけど、買いたいって欲求はそこまでない。多分今までの車で「本当に得たかった」自分なりの欲求が充足されたからだと思う。