ブログ更新を停止していたときの記録です。
娘は自力で高校受験に成功した。息子は受験に破れ、公立中に決まった。すべて、これで良い。今までできなかったことは何だろうか。子どもの受験勉強のために、家族みんなが我慢してきたものは何だろうか。それはみんなで笑い合う時間なんだろう。何をすればそれを得られるのか。

空港へ向かう。

JALのラウンジだ。絶品のコーンスープとワインをたしなむ。そう、ボクはそういう男だった。

ビジネスクラスに座ろう。ここで優雅な時間を過ごす。そう、ボクは昔からそういう奴だった。

悪くない。これに合わせるのはやはりシャルドネだろう。

読書をする。難解な本でも世界レベルのビジネスに精通しているボクには漫画レベルでしかない。

という雰囲気だけ演出して、すぐに現実に戻った。隣には、余った飯をくれとうるさくせがむ娘がいた。

ほどなくしてマニラについた。ホテルで疲れを取ってから街を散策した。来てみたかったフィリピン。活気があってとてもいい。

いろんなとこ巡った。

突然のスコールにも見舞われた。スコールありきでビル群が設計されていることに気づいた。

セブ島に移動した。

英語学校に入った。

ティーチャー達が自己紹介してくれる。今日からしばらく家族全員で寮生活だ。

夜は学校の施設内で遊べた。息子と卓球をしたり、走ったりした。

ボクと妻はレッスン回数を少なくして、子どもたちにはしこたま増やしてやった。子どもたちに、英語に少しでも慣れさせようというのが今回の目的だ。だから日中は周囲のレストランを散策した。

夜は街に出て現地の屋台を楽しんだ。カオスっぷりがいい。

息子には全部一人でやらせた。ボクもアメリカ生活を始めたころはレストランのオーダーから始めた。とにかく英語を使うことが大事だと説いた。まずは一つのフレーズを覚えさせ、それを軸に、単語だけを変えれば表現は無限に広がっていく。

犬がそこら中に落っこちている。狂犬病に気をつけてと言われている。でも危険は感じなかった。

寮は家族で一つの部屋だった。水回りに難があった。湿気がすごく、部屋の電気は暗く、いわゆる東南アジアのそれだった。それもすぐに慣れた。カオスが好きだ。

夜のモールは活気づいている。移動はGrab。すぐに来るから便利。

多くの時間は学校にいた。いろんな国の人がいた。仲良くなった人もいた。できれば子どもたちも、いつか自力で海外生活をしてほしいと思う。親の支援なしに、自力で行くことが重要だ。

そして卒業した。息子は英語で卒業スピーチをした。ChatGPTを使っていたような気もしなくない。

最後にフィリピンの贅沢なレストランで終えた。
約1週間くらいの旅でした。学ぶためもありましたが、どちらかというと、それだけの期間を家族全員で同じ部屋で同じ学校にいたという体験に価値を求めました。
普通の旅行とは違う時間、目に入るすべての情報が新しく、現地の人と密接な関係を味わうのに、こういうフィリピンのような超短期留学風旅行っていうのも良い選択です。
息子とは毎晩卓球をしました。ジムで一緒に走りました。それは長い受験期間ではできなかったことでした。
コストはかかりましたが、二人揃って公立校に進学してくれたのは家計の負担が大きく緩和されます。
フィリピン。我が家にとって、一生忘れない国になるでしょう。
