ここ最近のビジネストークです。

以前、若き起業家達のスタートアップに参加させてもらうなんてことを書いたが、すったもんだあった結果、ボクの会社の一部門としてスタートすることになった。
地域に貢献することを主眼としたビジネスだから大きな利益というわけではないけれど、人のため、子供のためっていう事業は前からやりたかった。だからすべてが良い方向に動いている。行政との仕事は手続きの嵐だったり、利権絡みで大変だけどやりがいはある。ワクワクするし、新たな夢も目標もできる。人との付き合い、達成感、目標、使命感、適度なストレス。健やかな人生に必要な要素が、ビジネスにはすべて詰まっている。

ちょうど40歳を迎えた友人がいた。コロナで勤め先が破綻。次を探さなけばならないというところで相談が来たのでいくつか紹介をした。それなりにキャリアを持つ奴だったからうまくやるだろうと思っていたが甘かった。年齢で全部NGが出た。日系企業はキャリアや人間性を見るのではなく年齢を見るようだ。年齢で再挑戦が許されない国家・・。日本は素晴らしい国だけれども、怖い国でもある。

母が体調を崩し、ターミナルケアに入ろうとしている。まだ若いのに残念だ。でも自然の摂理であれば仕方ない。コロナ渦中で面会が制限される中、兄弟で集まって母の手を握った。娘イッチーとたっちゃんも連れて行った。人はいずれ死ぬ。パパもママも、お前達も。それが普通である。そういう事を教えた。一人ひとり面会をした。最後はボクだった。「死ぬのは怖いか」と聞いた。「怖くない。ただ子供達に会いたい」と言った。「人生に後悔はないか」と聞いた。「ない。人にやさしくしてこれてよかった」と言った。母はやさしかった。人を2種類に分けるとすれば、与える人間と搾取する人間がいる。母は間違いなく前者だった。人から何かを与えてもらおうとする人間ではなかった。自分でビジネスを立ち上げ、自分の脚でしっかり歩き、多くの人間に多くのものを与えていたと思う。
母の前で無言だった娘イッチーは、帰路につき寝ようとしたときに、突然わんわん泣き出した。死を受け入れた瞬間だったのだろうか。また心が一つ成長したと思った。しかし幸いにも翌日から母は体調を取り戻した。

銀座にも顔を出している。コロナで多くが淘汰された。今まで惰性でやってたクラブやホステスは全滅。残った者たちの共通点は、マジメにしっかりやっていたという事。売上を持たないスタッフや役職者も軒並み解雇されている。銀座村は日本社会の縮図。昼間の社会よりも早いサイクルですべての物事が進む。社会を先取りするなら銀座に身を置くのは悪いことじゃない。銀座には社会のトップ層たちが作り出す非常におもしろい話がたくさんある。そういうのを綴っていきたい。でももうカーギークスは多くの目に晒されているから真実を書き連ねるのは無理があるだろう。もうここでは100%自己表現はできない。そのうち裏サイトでも開設しようと思う。

ではまた。