ママの執念

今日は中学校受験について語ります。

 

ご存じの通り、ボクには娘と息子がいます。

日々妻マッキーとこの2匹の教育をどうしていくのか、悩みに悩んでいます。

 

特に娘は中学受験することもあって、塾の回数が多く、もはや大人以上に忙しい日々です。

塾との交渉、生活態度、勉強の質、どれもが問題を抱えています。

思い通りに事は運ばないし、娘という女子の心もボクには複雑で、

どうやったらモチベーションを持たせられるのか、どうしたら自主性を育めるのか。

悩みに悩みぬいても答えが得られない毎日です。

 

受験を迎えるまでのコスト(進学塾)はびっくりするほど高額です。

学力が足りなければ足りないほど、追加講習が必要です。グループ塾ならまだしも、

個人塾を使っていた場合、講習費は数倍に跳ね上がります。

幸い合格を勝ち取ったとしても、あくまでそれはスタートラインに立ったという意味で、

更に高い学費を支払っていかねばなりません。

そこまでして私立に行く必要があるのか。公立で充分ではないのか。

そういった考えが頭をよぎることもあります。

しかしここまで来てしまった以上、歩を止めるのは困難です。

どんな理由があれ、娘の未来がかかってると思うと後には引けない。

それが親というものでしょうか。

 

ボクが住んでいるエリアは中学受験率が非常に高いです。

事実、通っている公立小学校の卒業生、8割近くが私立中を選択しています。

小学校側もこの現状を理解していて、受験シーズンは登校しなくても良い(受験勉強を優先せよ)と非公式的に認めています。

多くの親が受験を選択する。なんのため?金持ちの見栄?いいえ。

これには地域特有の事情があります。

俗に言う都心一等地エリア周辺は公立中学が極端に少ないのです。

そして土地柄的に親の教育意識が高く、多くの子供が私立校を選択します。

よって、公立中学校の生徒数が非常に少ない(各学年1クラスのみ)という現実があります。

これは都心暮らしの弊害とも言えるでしょう。

人格形成に大きな影響を及ぼす中学3年間はできれば多くの友達がいる環境に身を置かせたい。

同年代の様々な背景を持つライバル達と日々切磋琢磨して欲しいと願った時、選択肢はおのずと私立に限られるのです。

そして公立校は年々減少していく生徒の対策に四苦八苦しているのが現状です。

生徒が少なくなれば、近隣中学と合併すればよいかもしれません。

しかし近隣に中学校がないので維持し続けるしかない。

学校設備は持て余し、部活動は縮小化され、生徒コミュニティはより閉鎖的になっていくのは免れません。

 

要するに、我が子を「多種多様な生徒の中で学習させる」と決めた瞬間、受験確定です。

土地を変えるという手段もありますが、兄弟や職場の関係上そう簡単な話ではありません。

こうして物事は当事者である子供の意思とは別の次元で決定している。とも言えます。

もちろんこれについて悩む事もあります。

当事者の意思はまるで無視。子供の遊ぶ時間を削って勉強漬けにさせる。

子供にはもっと遊ぶ時間が必要ではないのか。本当にこのままで良いのだろうか。って。

でもそれで良いのだと思っています。社会の事を知らない子供の意思に任せてしまうよりは、

子供が自立するまでのレールは親が敷いてあげた方がよっぽど良い場合もあるからです。

また、受験を選択したことによって学習することが習慣化される事も良い事です。

何故なら、人生のほとんどは学習することだからです。

人は思考して生きる生物。目の前の課題と向き合い、解決していく。人生はこれの連続です。

よって、例え受験に失敗したとしても、それまでのプロセスは今後充分に生きてくるでしょう。

 

小学校受験、中学校受験、高校受験、大学受験があるなかで、

中学校受験は良い選択だと自分は思っています。

 

小学校高学年になると、ある程度精神が育っています。

もちろん子供一人、自主的に勉強に打ち込むというのはまだ難しいので親のアシストが必要です。

しかしこの微妙がバランスが「親子二人三脚の戦い」を可能にしています。

例えばこれが高校・大学受験になると課題が高度になり、親の力が及びづらい。

子供の自我が強くなればなるほど、親がコントロールしづらくなり、結果的に「子供一人の戦い」になりがち。

その点、中学校受験は親子一丸となって戦える唯一のフェーズということです。

 

親子二人三脚で挑む中学受験。大きな山を制覇した時の喜びは一生の想い出に。

成し得なかった時の悲しみは、次にやってくる大きな山を制覇するための糧となる。

受験は家族にとって過酷なものですが、だからこそ、一生の想い出にもなるのでしょう。

 

いやしかし。宿題、効果測定、課題分析、学習スケジュールを作り上げ、管理していく一方で、ご飯を作り、仕事もこなす。ママという存在は力強いです。

到底男の力で太刀打ちできるものではない。今も昔もこれからも、人間社会は女性が担っている。そう感じました。

中学受験は親の財力に依存すると言われますが、ボクが言い換えるとすれば、

「ママの執念」

これしかありません。10年、20年先を見て今やるべきことを決定する。

子がどう思うが、その子の未来のためなら鬼にでもなるその執念。凄まじい力です。もはやパパの力など無力に近し。

それでもボクにできる事。

息子が勉強の邪魔をしないようにテニスに放り込んでおく。

これくらいしかできません。

 

というわけで。

以前、「なぜ受験するのか」的なコメントを頂いていたので簡単にまとめてみました。あくまで私個人の意見ですが、何かの参考になれば幸いです。

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