LAの日本料理屋で働いてみて見えたこと感じたこと

ニューヨークからLAに戻りましてね、ボクの中で何が変わったとはハッキリ言い切れないですけど、やっぱり何かは変わったようです。

実はある知人と一緒に日本料理屋さんにいったんです。たまたまお店のオーナーさんが声をかけてくれて少し会話を楽しみました。ボクは「もっと英語に慣れるためにこういうアメリカ人客が多いところで仕事してみたい」と言った言葉に対してオーナーは「いつでも好きな時に手伝ってくれていいよ」と言ってもらいました。

しばし考えて、やってみることにしました。

数日後、お店に出勤してみました。ちょっと細かくレポします。

ボクに仕事を教えてくれる人は?

まずシャツを買いに行きました。ラフな格好は禁止です。黒パンツにワイシャツというフォーマルなスタイルにしました。

そしてトレーニングを受けましょう。ボクに教えてくれるトレーナーはアレックスというメキシコ系移民です。スペイン語、英語を話す彼は仕事の手順をよく教えてくれました。大体何を言ってるか理解でき、ボクの英語も問題なく伝わっているようです。段々話すことに自信がついてきました。

どんなお客さんがやってくる?

このお店はビバリーヒルズ周辺にあり、とても人気な日本料理屋さんです。ちなみにロスの日本料理屋は高級レストランにカテゴライズされます。特にボクがいるお店はその中でも高額な部類。やってくるお客さんはエリア柄、白人が多くそれもドレッシーな人が多い印象です。

ボクは何をするのか?

ボクはバスボーイという役割です。つまり・・ 
 
 
 
 
配膳係です! 
 
 
 
 
しかも、カウンター席だけの担当です。

具体的に言うと、お客さんが来店します→フロントホステス(受付の人)さんが席をアサインします→ボクがお客さんにおしぼりを渡し、最初のドリンクを何にするか聞きます。→その後サーバー(オーダーを取る人)がやってきてお客さんに料理の説明などを行います。

お客さんが料理を楽しんでいる間はボクの担当です。食べ終わったお皿を下げたり、ドリンクのおかわりを聞いたり、お箸を落とせば新しいものを差し上げたり、たまに絡んでくるお客さんにたじろいだり。

もちろんオーダーを受ける時もあります。そういう時はしっかりレジ打ちを行います。メニュー数が多く、レジもメニューもすべて英語。最初はテンパりましたが、その日のうちに慣れてしまいました。

新しい体験

このお店、高額なのにひっきりなしにお客さんが訪れます。本当に本当に人気店です。お店の外には高級車がずらり、リンカーンナビゲーター、メルセデスSクラス、BMW7シリーズが多い印象を受けました。もしこのお店が日本にあり、日本人を対象としたものなら、高級店として認められることはまずないでしょう。設備、外観、メニュー、どれを取っても日本のほうが洗練されています。でもここはLA。完全にアメリカ人にローカライズされた日本料理です。これで良いのです。

調理場はメキシカンが大半です。接客は女性が圧倒的に多く、フロア全体を見るマネージャーは若いアジア系女性でした。キリっとした女性ですべての動きが速いです。でもボクにはとてもやさしく、忙しい中でも「Hi ぜんせーちゃーん、楽しんでるー?」って声をかけてくれます。「英語覚えたいならお客さんにどんどん話かけていいよ」とも言ってくれます。とても気を使ってくれる良い人です。

ボクは100%日本人なわけですから、日本独特のホスピタリティー精神を持ち合わせています。お箸を置く方向、テーブルセットの細かい作法。いろいろ気にしました。でも大抵のことは、 
 

そんな細かいとこ気にしなくていいよ 
 

と注意を受けました。そうですね、気を使いすぎた自分がいます。気を改め、あんまりビクビクせず楽しんで仕事をすることにしました。

徐々にトレンドが見えてくる

オーナーはボクのためにお店の人気料理をすべて食べさせてくれました。アメリカ人にウケるにはどういう味にしたらよいのか、量はどのくらいにしたらいいのか、ネーミングはこうあるべきだ、などなど数十年にも渡る経営ノウハウを教えてくれました。おそらくボクとオーナーお互いがカンパニーオーナーであることで違った見方をしてくれていたんだと思います。

超ざっくり言うと、アメリカ人は味のハッキリした物を好む傾向にあります。これはつまり”辛いもしくは甘い”のどちらかに振った味付けということです。日本人特有の、全体を占める味の奥底に眠る本当の旨味を掘り起こす力みたいなのは期待しないほうがよさそうです。直接的なメリット(味)を全面に出す。そういうことです。また、ねちょっとしたような食感は好まれないようです。量は日本で一品頼んだ時の2倍くらいが標準です。

ハイステータスなエリア柄、コーラやスプライト、ジュースなどのドリンクがオーダーされることは極端に少ないです。もっとも多いのは”日本酒”です。LAは日本酒ブームですからのぅ。お客さんは座ったらまず「サキ!サキ!」と言います。酒はSakeと書くんですが、発音はサキになるんですのぅ。

グリーンティー(緑茶)も大人気です。酒とおんなじくらい人気です。別にLAだけじゃなく日本の緑茶は世界的に人気なんじゃないでしょうか。

気になったのは、アメリカ人はお店に長居しないことです。食べる・おしゃべりする・食べ終わる。サクっと帰ります。「あれ、もう帰るの?」って思ったことが何回もあります。

あまり感じ悪い人がいない

たくさんのお客さんを捌いていると本当に疲れます。もはや肉体労働のレベルです。英語を覚えたいとかそういう気持ちは忘れ、とにかく今目の前のお客さんが何を欲しがっているか、一発で聞き取れるか、そういうところに注力せざるえなくなります。回りは騒がしく、ミスをするわけにもいかず、そしてタスクが山積みです。

とはいえ、こういう状況ではミスも起こります。でもお客さんはみんなやさしく、聞き逃したことを何度も笑顔で伝えてくれるし、ぶっきらぼうな対応をしてくることもありません。How's everything?と聞けば「最高だよ!」と答えますし、席をずらして欲しい時も快く移動してくれます。

これはつまり、日本のように”へりくだった接客”を求めていないということです。あくまで”私たち人間は対等な存在である”という文化が根底に根付いてることを実感できます。別に腕を組んで立ってても、椅子にもたれかかってたとしても「お客の前でなんだその態度は!」ってことにはなりません。※厳格な料理屋さんは厳しいらしいです

こうして数日間やってみて

だいぶ仕事を覚えました。板前さんは日本人が多いのでみんな他業種のボクに対してよく理解を示してくれます。ボクは自分の領域外の仕事も手伝うようにしました。テーブルエリアの片づけを手伝ったり、遠くの倉庫からビールを運んだりです。このまま続けば単純作業ではなく、マネージメントのほうはどうかとオーナーから提案をもらったりしました。

とても評価してもらえて嬉しかったです。何故なら、ボクはカンパニーオーナーであり、基本何かタスクがあれば指示を出す側の人間だったからです。誰かから指示をうけ、それを完璧に遂行しなければならないことは久しぶりの体験でした。それでも良い評価を得られることは「自分はまだ社会の一部として機能している」という事を再度認識した瞬間です。

一番良いと思った2つのこと

いろいろなシチュエーション、スタッフとの会話を通じて見えたものがありました。それは、

スタッフ全員がオーナーを尊重している

これはよく実感しました。具体的な何かがあるわけじゃないんですが、つまり空気で感じたってことですね。これは尊敬でもないんです。また従属性でもありません。”尊重”なのです。そしてオーナーも働く人たちの生活を支えているという自覚を持ち、決して人を下に見る事をしません。

提案を安易にあしらわない

これも驚いた一つです。例えば日本の場合、会社が何か新しいサービスを作った。これを世間に広めたい。だから営業活動を行いますよね。提案を受けた企業はまず、社歴、資本金、事業内容などなど、おおよそ提案をもらったサービスとは関係ないところに目がいきがちです。どんなにサービス内容がよかったとしても社歴5年じゃ取引できないとか普通ですよね。

お酒を飲んでべろんべろんなお客さんがいました。彼はボクとオーナーに近寄り、「キャビアの卸をやっているんだ。買わないか?」と持ち掛けてきました。もちろんお酒が入っているし、見た目もビジネスマンとは程遠く、加えてお店は大混雑。こういった状況だと日本では取り合われないのがほとんどだと思います。

でもオーナーはマネージャーを呼び、そのお客さんの提案に耳を傾けていました。数分してからマネージャーがやってきて、そのまま本格的な商談に入りました。

本質を見ない日本企業オーナー、本質しか見ないアメリカ企業オーナー。あながち間違っていないのかもしれません。

ちなみにボクは会社でソフトウェアやサービスを開発しているのですが、俗にいう大手と取引ができるようになったのはつい最近の事です。その理由のほとんどが、社歴不足というものでした。もしボクが英語が堪能で、仲間とアメリカで起業できたなら全然違った体験をしていたことでしょう。

肝心の英語はどうなったか

ボクはこのお店に英語に慣れるためにいます。これは労働賃金をもらう意思がないということです。もちろんそういうわけにいかないですから、ボクとオーナーでは特別な契約が巻かれました。そんなことはどうでもいいとして、つまりボクがお店の手伝いの対価として求めるのは英語をよく使うことにあるということです。

確かにこの数日、お店にいる間は英語脳にあったと思います。オーナーの計らいで日本人スタッフと距離を置くようにしてくれました。おかげでボクの周りは日本語を一切理解しない人ばかりです。

こういう環境はとてもとても苦しいですが、家に帰ってみると何か充実感のようなものを感じます。試しにUberの運転手と雑談をしてみました。お店から帰る40分もの間、気づけば英語で会話している自分がいます。今までは苦手意識からだんまりしていたのと大違いです。

かといって語彙力が上がったとか、そういうのはありません。それは自己学習でこそ上がる能力です。でも少なくとも何を言っているのか、思ったことを自然と英語で出せるか、英語でそのまま理解できるか、こういったところは格段に上がったと言えます。一つの試みとして間違ってはいなかったと。そう思えます。

しかし継続は・・?

東京とロスの時差は激しいです。ロスでそろそろ寝ようかなと思うと東京が元気一杯業務スタートです。ボクはお店に夜いることにしています。それはもっとも忙しい時間帯であるからです。しかしこの時間は東京と業務を同時進行できるゴールデンタイムでもあるのです。

最も最優先するべきは自分の会社です。つい先日、どうしてもお店を優先できない状況に陥り、お店を早退しました。スタッフの人たちと良い関係を築けていたけど、こういうことをやってしまっては信用力が落ちます。ボクを信頼してくれているオーナーにも申し訳ない気持ちが一杯です。

また、単純労働を続けているといろいろな事が頭に浮かびます。この業務フロー、効率悪くないだろうか・・、お皿を下げているこの時間、東京で業務をしていたらいくら稼げたんだろうか、そしてたまに腕にへばりつくワサビや、残飯により汚れたシャツを見て、「あれ、自分何やってるんだろ・・」って思ったことを正直に告白します。これは差別的な取れら方を恐れず言いますが、”単純労働は単純労働を超えない”ということです。

企業経営者は会社という人の集団が歩むべき道を引くことが重要な業務の一つです。これは道のないところに道を作ることと一緒です。食べ散らかされたお皿を淡々と下げ続けるこの仕事は工場のラインと似ているかもしれません。時間と勝負し、お金を生み出す必要がある企業経営者にとって、こういった業務はやはりそういった事を得意とする人々にまかせるべきでしょう。

続けるモチベーションはあるのです。熱意もあります。しかし、労働時間に対してあまりにも成果が見えないこの仕事の本質を理解してしまった瞬間、熱意はあまりにも早く削がれました。時間を無駄に消費しないを徹底するというのは起業してから培った強固な自分ルールです。やはりそのルールは侵せないようです。

最後に

こんなボクでもアヴェンタドールを所有し、来年には特別車も納車されます。なのに今やっていることは配膳係で、来る日も来る日も食べ散らかしたお皿との格闘。言葉は通じず、立場は末端。見方を変えると変人か、単なるバカなのかもしれません。

自分で選んだんだろって?もちろんその通り。でもすべてが悪いことではないんです。いや、実はすべてがよい体験だったように思えます。外国人への指示の出し方、アメリカ人の傾向、業務を細分化し、誰でも分かるところまで落とし込む。ほんの少しの時間だけで今まで見えなかったことが見えました。こういう体験が東京の会社にフィードバックされないはずがありません。そして遠くない未来、必ずアメリカで収益を上げてやるぞっていう気合とともに、そろそろ日本に帰ろうと思います。

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