サンフランシスコに降り立ち、ミート君が以前いた投資会社を見学した。そこの偉い人がボクらをディナーに誘ってくれたんだ。仮に彼をパーカーと呼ぼう。
 
 

▼パーカーとミート君とオレ。モロッコ料理店にて▼

 

▼前回までの記事▼

 

パーカーと待ち合わせしたのは高級なモロッコ料理店。数千億の資産を回す投資会社の上位ポジションに君臨し続けるするパーカー。彼は西海岸で育ち、アメリカの有名大学を卒業。年齢は50代くらいだろうか。ふっくらした体に終始穏やかな表情。一つ一つの仕草に余裕が感じられる。会話はまず相手を気遣う言葉から。真の富裕層というのを絵にかいたような人物だ。

彼の会社は過去、日本へ積極的な投資を行ったが、今は活動を控えている。そのワケは、日本の社会は優秀なマネージメント層の人材がいないこと。お金で人が動かない事。また、雇用主と雇用者の関係があいまいで、トップの指示通りに社員が動かない事。会社の売買が一般化されていない事がネックとなっているようだ。

どの理由も言われれば納得できる。現場からの叩き上げでマネジメント層へあがっていく日本の社会構造はマネジメントの専門スキルが育ちづらい。そして日本人はいくら給料を上げようがパフォーマンスは変わらない傾向がある。また会社をバイアウトして次の事業に挑戦するという文化も薄いだろう。日本は先進国だが、グローバルマインドは思った以上に培われておらず独自の世界観を貫いている。多くの外国人が日本を訪れているが、いざ社会に入ってみるとまだまだ同一民族だけで形成された閉ざされた世界とも言えよう。

 

モロッコ料理。とてもおいしかった。 
ライスが散らばっているのはオレのせい。

 

日本への投資を控えているパーカーの会社だが、既にいくつか日本の有名な企業を保有している。そのうちの1社はある中堅の小売り店だ。その1社についてボクなりの意見をぶつけてみた。内容はこうだ。「日本の経済が今後上向いていくのは厳しい。現状の経済は悪くはないが、一般層の余裕は減っている。小売り店に大金を割くような人は多くない。少子高齢化はかなりひどい状況まで来ている。人手不足は今後さらに悪化すると踏む。現状維持ならまだしも、大きく業績を上げていくのは今の日本では困難だろう。売却するなら今がいいのではないか。」

ボクがそういうとパーカーはフォークを置き、少し沈黙した後詳しい話を聞かせてくれと改まった。どこぞの小さな起業家が発した言葉を彼は真剣に受け止め、今後に生かそうとしている。ボクと彼はたくさん会話をした。内容は個人的な事まで及んだ。たくさんの失礼があったのは知ってる。回答に躊躇させてしまう場面もあった。でもこんな機会は重ねて持てるものではない。礼儀は二の次、ボクは限られた時間ですべての質問を吐き出す必要がある。でも彼はそんなボクの想いを知ってか知らずか、質問一つ一つにイヤな顔一つせず丁寧に答えてくれた。

ボクは日本の社会に不満があり、アメリカ社会が好きだと言った。対して彼はアメリカ社会に不満を持ち、日本の文化を魅力に感じていると言った。ないものねだりとはよく言ったものだ。

彼とは難しい話を多くした。他愛もない言葉は自分で発したが、ほとんどはミート君が仲介した。ミート君は完全なバイリンガルで、リアルタイムで翻訳を行ってくれた。そのおかげでボクはパーカーと心が通じ合った気になった。でもやっぱり自分の言葉で伝えられない現状がとても苦しい。そしてミート君の底力は大きく、ボクが彼に追いつくイメージがまったく湧かない。やれやれ、旅行でこれたらどれだけ気が楽だっただろう。

パーカーとの会話で最も印象的だったのは、家族の時間とビジネスの成功、両方とも取る事ができるかという問いに彼は、家族の時間はいかなる時も犠牲にするべきではない。しかし同時にビジネスの成功をも得るのは幻想だと言い切った。なるほど、結局何か大事なものを失わなければ成功などない。そういうことか。どこかで納得する自分がいた。

社会構造の上位に位置するにはどういう生き方をすればよいのかという事も聞いてみた。彼はこう答えた。「多種多様な働き方があるとはいえ、自分の時間を持ち、まとまったお金を作れるのは40代を迎えてからになる。それまでは社会に属し、なるべく経営陣の近くで考え方を学んだほうがよい。」うむ。これにはボクも同意する。が、今の日本。組織に属するとは違う生き方が急激に市民権を得ている。Youtuber、ブロガー、フリーランサーなどなど。どれも間違いなんてない。でも組織には先輩がいて、ビジネススキームを学ぶ事ができ、社会的信用が構築され、経営者の声を身内の立場で聞くことができる。ボクが何かちびっ子たちに言えるなら、若い時こそ目先の稼ぎに目を奪われず、学ぶために組織に属するべきだと言いたい。これは古い考え方かもしれないけど、結局のところ、社会の上位はしっかりとした学歴と社会経歴を持つ者達によって構築されていることを忘れるべきではない。

 

ボクらはパーカーと深夜までシャンパンとワインを楽しんだ

 
 

パーカーとの食事を終え、ボクとミート君はホテルまで歩いて帰った。パーカーのような米国エグゼクティブ層と長い時間を持てた事はどんな観光地を回るより刺激的な体験だった。しかし同時に苦渋も味わった。大事な部分を自分の言葉で語り合えなかった事だ。ボクは重要な人物から発せられた言葉を直接受け取るのではなく、ミート君の脳フィルターを通ってからようやく知る事ができる。

人を雇用する側に立ち、多くの人と話すことによって、使う言葉や言い回し、抑揚の付け方でどういう生き方をしてきた人間で、これからどういう道を歩んでいくかが感覚で分かったりする。小さなベンチャー企業では人選においてこの感覚が重要な役割を担う。履歴書にあるキャリアなど選定における重要な要素ではないのだ。しかしボクの乏しい英語能力ではこの感覚がまったく通じない。これは自分流のビジネスができていない事を意味する。数年アメリカに身を置いてこのザマ。自分のダメっぷりが露呈した一日でもあった。

でもこの苦しみが後の大きな決断を助ける原因になるかもしれない。ボクは決めた。期限を決め、それまでに自分の成長がなければアメリカから撤退しよう。ビジネスがうまくいってもいなくても。その前に一度だけ挑戦したいことがあるんだ。この挑戦はとても苦しい。でも自分を変えるラストチャンスとなる。ここでボクの成長が止まれば会社の成長も止まる。それは会社の”死”に直結するだろう。今回、パーカーとの出会いは今までの自分が怠慢だったことを改めて認識できた良いチャンスとなった。