この記事は旧ブログから移行した記事です。
4月といえばあれですよ。新卒ってやつですよ。今期は少し減って4名のニューカマーがやってきた。そこに中途採用者が4名加わり、8名の新人が流れ込む。てんてこ舞いだ。

美大出身者、商業系学科など様々。うち一名は特待生を招いた。初日は名刺とノベルティのプレゼントをかねた入社式。先輩社員とのランチ。そしてボクのマインド研修だ。っふ。マインド研修なぞ得意とするところだぜ。

ボクの口車に乗ればそく洗脳。すぐにNAロードスターを買いに行くに違いない。

今期からは明確な評価制度を導入した。やはりまっさらな新卒勢には明確に目指すところを示したほうがよい。

いろいろな評価制度構築手法を調べてたが、どれも難易度が高く、導入コストも高かった。結果的に、ゼロからボクが設計してみた。いかにシンプルな指標で最大限の効果につながるか、成長が可視化され、実感できるかに注力した。

マインド研修では、社会で働くくこととは何なのか。会社に貢献することは納税を通して社会に貢献することと同義だと説いた。みんなポカンと口を開けていた。

お金の概念についても聞いてみた。試しに「100万あったらどうする。」という問いを投げた。全員私腹を肥やす回答だった。「1千万あったらどうする」これも全員私腹を肥やす回答だった。

「数百億あったらどうする。」

全員黙った。

お金は物質ではなく、可能性と時間と信用を単純に可視化したものだと説いていくには時間がかかりそうだ。ノアの箱舟をプロジェクト化しているビル・ゲイツの話をした。すべてを手中におさめた覇者が最終的に行き着くところは、他者への貢献を飛び越えて、人類の補完だということを話した。

物を買う、旅行をする。そういう一般的な回答だった新卒勢に、それらは一瞬で叶うこと。もう一歩先を見よという話しをした。その一歩先を見るか見ないかで日々の行動が変わると。うん。やっぱりみんな口をポカンとしていた。

うちは名もなきベンチャー企業だ。大学のトップクラスの子たちを呼び込める力はない。どうしても社会とは何か、給料とは何か、働くとは何か、組織とは何かというレベルから話をしてあげないといけない。

普段ボクらが生息しているステージというものからずどーんと階段を降り、目線を合わせてあげることが必要だ。そうじゃないと一言、”老害”で終わってしまうからね。

現代の若者を取り巻く環境は30代、40代、50代のそれとは一線を画す。20代の彼らはあまりにも今の大人たちに憧れを持っていない。かっこいい大人でありたいと思いながらも、スーパーカーを走らせることが、単なる自己満であると証明されたようで複雑な気持ちだった。

あぁボクは憧れてもらう大人になりたかったのに。多分ビカビカのAE86、チェイサーフルチューンくらいのほうが、若手の気持ちを掴めそうかもな。

ボクが住む業界では若者を置き去りにすることは直接的な”死”を意味する。ちょうど検索大手の某社は若返りに失敗し、20代、30代のユーザーを根こそぎ新興のスタートアップに奪われた。

つい最近、組織代表が若返りを果たしたばかりだが、失ったものは戻ってこないだろう。今の社会は間違いなく40代が大きな力をもち、経済の中心を担う。しかしいずれそれも終わる。

今の20代をいかに屈強なグローバル人材に育てられるか。ボクらの使命はそこ以外にないはずだ。その彼らがボクらの子供の代を育てていくと思うと、彼らの先にボクの息子、娘たちが見えてくる。教育というのにボーダーラインを引くべきではない。

毎年やってくる新卒勢を見ていると、社会が大きく変化しているという気がしてならない。ボクはまったくそのスピードに乗れていないんだなぁって思う。視点のシフトがすごく難しい。でも大丈夫。ボクにはNAロードスターがくる。

ロードスターが若者にとって手に入れやすい入門車なら、そこからの景色を見ることは価値のあることだろう。少なくとも高額なベンツに乗るよりは。もぅダサいんだよ。高級車なんてな。視点を若者に向けるんだ。

それはこれからの時代を向くのと一緒のことさ。彼らが選ぶものを選びたい。うんやっぱり軽かな。あ、俺、右寄り発言。ボクの手元にコントロール可能な若手がいる。彼らから得られることは大きい。

彼らは生徒であるが、ボクの先生でもあるということだ。さぁて彼らの力を武器にしてて突き進もう。社会っていう戦場にな!