コロナに感染しました | キツネにつつまれた気分 | 空港検疫からPCR陽性発覚までのリポート
その前兆は何もなかった。私はつい先ほどまでビジネスクラスで優雅にステーキを食べていた。CAとの会話を楽しみ、東京への到着を待ちわびた。具合は良好だった。いや喉は痛かったのかもしれない。飛行機の中は極端に乾燥しているから。でもシャンパンや、ワインで充分に潤すことができた。
羽田空港に到着した。しかしいつまでたっても飛行機のドアが開かない。前の便の空港検疫で相当な時間を要しているとの情報が入った。毎日入国規制に対するアップデートがある。現場は常に混乱しているのだろう。日本に入国するためには多くの書類を作る必要がある。ワクチン証明、隔離に関する誓約書などなど。非常に面倒だが致し方ない。一つ一つにサインをしていった。
この72時間前、私はコロナの陰性を証明するためにロサンゼルスにある民間の検査センターに行った。
[clear]多くの人が並んでいた。ほとんどはメキシカンのように思える。彼らは米国で労働するための陰性証明を手に入れようとしているのだと予想する。この列の日本人は私だけだった。
[clear]日本渡航用と書いてある通り、日本入国専用フォーマットに検査結果を落とし込んでくれる。検査費用は2万円ほど。日本とさほど変わらない。
[clear]検査センターの中は極めて簡素だ。検査スタッフは2名。鼻腔検査だった。検査結果は翌日emailで届いた。メールには「Not Detected」と書いてあった。つまり検出されず。特に何も感じなかった。当たり前だと思っていたから。私はメールをプリントし、入国用の書類に差し込んだ。
時を戻し、羽田空港。ようやく機内から出る事ができた。過去に知る羽田空港ではなかった。検疫のための体制が敷かれている。すべて完璧に手順化されていた。どこから雇い入れたのかはわからないが、若いスタッフ達が各々の役割を果たしている。書類をチェックする人、パスポートをチェックする人、監視アプリをインストールする人、唾液検査を指南する人。すべてシステマチックに、何の狂いもなく動いている。そしてスタッフは外国人に対しても丁寧で、とてもやさしい。米国ならこうもいかないだろう。改めて日本の素晴らしさと精密さというのを感じた。
[clear]検疫システムの一部。検査は唾液。
機内から降り、空港を出るまでに自由はない。決められたルートしか歩くことはできないし、何か手順を省くとか、イレギュラーな事も原則許されない。誰もが同じルートをたどり、同じ検疫を受ける。試しにスタッフに聞いてみた「隔離を拒否することはできるのでしょうか」と即座に「できません」と乾いた返事が返ってきた。
唾液を採取し、その結果が出るまでロビーで待つ。ここで多くの人が足止めを食う。陰性が出た人から次のブースへ進み、隔離ホテルへ移動するためのバスに送られる。どの国から来たかにもよるが、カリフォルニアからの帰国者は陰性・陽性関係なく最低6日は専用施設で隔離される。その施設の多くは空港近辺のビジネスホテルだ。6日間、部屋から一歩も外に出ることは許されない。連日の帰国者により、部屋の空きに余裕はなく、シングルベッドの狭いところもあれば、窓がないような部屋もあるという。閉所恐怖症の人には過酷すぎる環境だなと他人事に思ったが、実は私も閉所恐怖症だ。どうしよう、狭いホテル、6日間、一歩も出れない。イヤだ。絶対イヤだ。
私はここで1時間いや2時間ほど待たされた。いつまでたっても呼ばれない事に嫌気が差していたが、それでもまさか自分が陽性なんて考えは微塵も浮かばなかった。ほどなくして自分の番号ともう一人の番号が呼ばれた。カウンターへ行く。番号表を差し出す。女性スタッフがしつこいほど私の番号と名前を確認する。そしてPCR陽性となりましたと告げられ、書類に陽性者であるというシールが貼られた。一瞬頭が真っ白になった。何かの間違いである理由を探した。それを悟っているかのように女性スタッフは矢継ぎ早に発言した。ほとんどの人達が、まさか自分が陽性なんてと思っている。何かの間違いだと思っている。しかし事実だ。そして陽性者はかなりの数に及んでいる。今、空港は戦場みたいなものだ。あなたたちを一時待機所(陽性者用の)に送りたいが、すでにそこは一杯になってしまった。医師の診察を受けるまで、別の待機所で長時間待っていてもらう必要がある。
そう告げられ、暫定の待機場所まで誘導された。おかしい、何かおかしい。何故私が陽性なのか。心当たりがない。熱もない、喉も痛くない。この後、私はどうなるのか。
待機場所はだたっぴろい空港ロビーだった。既に何人もの待機者がいた。みな陽性者だ。ただうつむいてる人もいれば、椅子に横たわり、ぶるぶる震えてる人もいる。見るからに体調が悪そうだ。
頭が混乱した。日本行きの飛行機に乗るには、PCR陰性証明書が必要だ。つまり、同じ飛行機に乗っている人達は陰性が証明された人たち。それなのに、同じ便にこれだけの陽性者がいて、すでに発症している人までいる。コロナとは一体なんなのだ。これから私の体はどうなってしまうのだろうか。