クルマ離れは合理化の末なのかもしれない

先日、カード会社から「今どこにいますか!?」と連絡が来た。「香港だよ。」と答えると、「米国であなたのカードが使われています!」ときたもんだ。

ボクのカードは渡米後すぐにスキミングされ、1ヶ月以上に渡り決済されまくっていたようだ。カード大国の米国は同時にスキミング大国でもある。キャッシュを極力廃し、合理化された米国こそが抱える闇の1つだ。

さて米国発ライドシェアサービス、「Uber」が世界を席巻し始めて間もない。世界規模で成長し、国が運営するファンドから数千億規模の資金調達。歴史なき新興サービスが歴史あるトヨタとの連携。その勢いはとどまるところ知らず、企業買収の末自動運転トラックの実用化にまでこぎつける。

このUber。日本では馴染みが薄いが、タクシーが走っていないカリフォルニアで、これでもかっていうほど使いまくった。西海岸の空気も手伝ってか、ドライバーみな陽気。よく喋る。あまりにもよく喋るのでちょっと黙っててくれやって思うほどだ。

すっかりUberファンになったので香港でも使用した。香港ではタクシーが日本のように大量に走っているのでUberはまばら。到着まで20分くらいかかる場合もある。またこれも日本同様、タクシー業界の猛反発のため、完全に合法とはなっていないようである。


ホテルから空港までUberを呼んだ。うれしいことにマカンが配車された。ドライバーはパリっとスーツを着た細身の方。たまたま目的地が一緒だったという理由で来てくれた。


到着までの40分。マカンって思ったより普通だな・・と思いながら、香港事情をドライバーに聞くと・・まったく香港人しゃべらぬ・・ちょっとは喋れよおぃと思った香港Uberだった。

そして日本に戻り、

せっかくGクラスもあるし、ラムバンもあるわけだから、ボクもUberドライバーやってみようと思った。しかし日本ではUberは白タク行為となり違法。登録には2種免許を持つ必要がある。ちなみにボクのような人間がUberドライバーでできることは・・荷物配達のみ。G63で荷物配達・・・( ゚Д゚)...

世界を変え続けるUberがUberであるための力を発揮できない国の一つが日本だ。タクシー業界という既得権益もさることながら、人を乗っけて稼ぐという行為は法律によって規制されている。日本でもこの革新的なサービスに参加したい!と思ってもそれは違法行為になるわけだ。なんて不自由!って叫びたくもなる。

しかしいかにUberが便利とはいえ、一般ドライバーのクルマに乗るわけだから、そこにはリスクもある。ステアリングを預けるというのは命を預けるのと同義だ。走行マナーが悪い人。慢性的に事故を起こす人。勝手にどっかいっちゃう人。そういうドライバーに当たる確率も少なくはない。

もしあなたが重役で、重要なクライアントの打ち合わせにUberを呼んだ時、ラフな服で大音量の音楽に、ステアリングに触れてないじゃないかってくらいノリノリのドライバーがきたら安心して命を預けられるだろうか。

実際米国にはそういうドライバーがいることも事実。対して日本の個人タクシーを例にとると2種免許に加え、過去10年間の無事故無違反が問われる。いきなり今日からUberドライバーになった一般人と専門職のドライバーとでは、見えないところに雲泥の差があるってことだ。

日本のタクシーサービスが決っして良いとは思わないが、最低限の質は担保されているように思える。安全と自由はこうしてトレードオフされ、僕らは強力な法律の範囲内でのみ自由なのだ。

Uberサービスの根底はライドシェアで移動費を減らそうというコンセプトがある。こういったシェアリングエコノミービジネスは今がまさに旬。労働力をシェアするクラウドワークス、DeNAが提供するカーシェア”Anyca”。

駐車場をシェアする”Akippa”などいずれもファンドからの注目度があつく、どれも多大な資金を集めている。

そして、つい先日、トヨタは米国のカーシェアリングサービスとパートナーシップを締結した。おぅトヨタ。日本のカーシェアサービスじゃなくてまた米国と手を組みやがったぜぃ。

自動運転は間違いなく普及し、そのクルマさえシェアされるべき未来へと進むのか。今後クルマの個性はどんどん失われ、趣味性のあるものは更に少なくなっていくに違いない。

自分が籍を置くWEB業界。若手スタートアップは世界に向けて、”持たぬこと”を推進する。そういう彼らを大手企業がバックアップし、世界はそれを受け入れる。

時代はクルマにステータスも官能さもエンターテイメントも求めていないのだ。クルマが趣味性を離れ、A地点からB地点に移動するための単なる道具となったとき、”若者のクルマ離れ”という言葉は、新しい世代の始まりを差し、現行世代のクルマ好きな層はレガシーとなる。

やれやれ。「ランボルギーニ乗ってるぜドヤ!」って言ってる自分がまったく時代遅れだぜ。そのうち、そうあと何年かしたらすべてを捨て去り、”持たぬもの”になりたい。”クルマが趣味”それが死語になる日は近いな。

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