今日はコロナ前の話、米国活動について話をしてみたいと思います。

2019年を最後に渡米は一度もありません。ビザ取得へ向けた動きとコロナの発生によって渡米は遠い夢だったのです。

この期間にロサンゼルスに借りていた家は引き払ってしまいました。素晴らしい時間と経験が詰まったお気に入りの部屋でした。これを失う事は私に大きな精神的ストレスを与えました。

更に追い打ちをかけるように、進めていたビザ取得に失敗したのです。米国大使館の領事から「却下」を言い渡された時の衝撃は今も忘れません。
これによって私はエスタビザ(誰でも短期滞在が許される短期渡航ビザ)の権利さえも失ったのです。私はもう、米国に入ることはできません。

この事実は確実に私の精神を蝕みました。悪夢をたくさん見るようになりました。永遠に自由を奪われたかのような、そういう気持ちになりました。

こうして米国の存在は夢の中だけになりました。経験がある分、夢はリアルです。夢と現実、そのギャップがまた私を苦しめ続けました。

大げさなと思うかもしれません。しかしこれは至極あたりまえの事です。ビザ(渡航権利)というのは人生を一変させる力があるからです。

私は米国滞在中にビザに苦しむ多くの人を見ました。米国に移ろうとする人々の想いは様々です。生きるため、安全を求めるため、夢をかなえるため。共通して言える事は、みな「人生をより良いものにしたい」のです。米国ビザはその切符とも言えましょう。これがなければ何も始まらない。

しかし、その取得は困難です。米国ビザ取得のプロセスには一定規模の資金力が求められます。そして学歴や仕事のポジションを明確にし、過去の行い、専門性、自分が一体「どういった社会的ポジションに位置しているのか」を客観視していく必要があります。だからこそ、多くの人がビザに苦しみ、それでも追い求めるのです。

苦しみと諦め。そんな私に見かねてか、周囲の助けが入ります。彼らの力によってビザ申請プロセスを再実行するに至ったのはつい最近の事です。適切な弁護人の選出、適切な書類作成。その結果、成功を収める事ができました。

こうして私は

再びLAX空港に降り立つ事ができました。

 

カリフォルニアの空気を吸うのは何年ぶりでしょうか。

長い空白期間を埋めるように、活発に活動していた時の記憶が次々に蘇ります。カリフォルニアの日常生活は東京に比べると極めて平坦なものです。またこのつまらない生活が始まるのか。そういう想いもあります。しかし、だからこそ新しい事へ集中し、何かを切り開いていく事も可能なのです。

飛行機から降りたその瞬間、昨日までの生活は一変します。言葉が変わり、文化が変わり、常識が変わります。日本の地位、信用、価値観、すべてが強制的にリセットされます。思い通りになど、なに一ついきません。いかに自分が小さい人間であるかをここで知っていくのです。

さぁて。また何か新しい事を始めていこうと思います。また失敗するのでしょうか。もちろんするでしょう。しかし成功や失敗といった言葉に大した意味はありません。もっとも大事なのは挑戦することです。この挑戦を止めた時、人は老い、諦めていくのです。

多くの人々の助けによって今があります。人は誰かに生かされている。そう思います。米国で得た苦難は、私に「人に感謝していく事」を教えました。それは普段近くにいる人にほど忘れがちな事です。やってもらって当たり前、居てもらって当たり前。実はそれがとても価値あることだと気づかされます。今回、私はまた米国に打ちのめされるでしょう。またボロ雑巾のようになるのです。そしてまた誰かに助けられるのです。とてもエキサイティングですね。

 
 

というわけでお久しぶりですぜんせーです!今、私はカリフォルニアのロサンゼルスにいます。

また皆様にカリフォルニアライフをリポートすることが可能になりました。四苦八苦していく様子をどうぞ楽しみにご覧くださいませ。

 
 

※参考記事