ぜんせーです。

アヴェンタドールSVJが納車され、8回に渡ってレポートしてきた「ランボルギーニ・アヴェンタドールSVJ購入記」シリーズが終了です。特別なアヴェンタドールSVJを手に入れた事以上に、一度きりのカーライフとしてブログに残せた事が嬉しいです。今回の記事で、初代アヴェンタドールを手にした時から、どう環境が変わってきたかも踏まえ、SVJまでの道のりをまとめたいと思います。

 

スパカへの入り口はマセラティ

5年前の2014年。ネオクラシックベンツにハマっていたボクは一転、イタ車へ舵を切りました。中古の安いマセラティ・クアトロポルテに飽き、更なる飛躍を望むボクは新車でマセラティ・グランツーリスモをオーダーしました。

この時からランボルギーニやフェラーリに強い関心がありましたが、アヴェンタドールはグランツの2倍以上の価格、自然と選択肢から除外されました。この時はアヴェンタドールを手に入れる資金も信用も持ち合わせていなかったのです。つまりマセグランツは本当に欲しかったというよりは、あくまでアヴェンタドールの代わりであったと。

 

当時はスパカ市場が活況

また当時はみんなクルマに積極的で集まりもよく開催されていました。

この時に多くの仲間と知り合いました。彼らは潤沢な資金を持っており、毎月誰かしらスーパーカーをオーダーするというような今では信じられない環境にありました。仲間たちで結成したLINEグループも活発で、1日置いただけで未読数が数百件に及ぶほど活発な情報交換が行われていました。

意を決してランボルギーニ購入へ踏み切る

スーパーカーオーナーの世界にヒエラルキーがあるとすればボクは末端でした。だからこそマセラティグランツーリスモからランボルギーニへ飛躍したかったのです。自分にランボルギーニを買う力があるのかは分かりませんでした。でもだからこそ挑戦する意義があるのだと。その決意を後押ししたのは妻マッキーでした。

▼初めてアヴェンタを買った時のログ▼

アヴェンタドールですべて変わる

人生って考え方一つ変えるだけで上昇するか、下降するか決まります。特にゼロ地点から会社を興し、人を雇用し、事業を営む起業家にとって、マインドは重要です。ボクの経営マインドはアヴェンタドールでより一層アグレッシブになりました。ボク個人のマインドが変わる事は会社そのものへ還元を果たすのだと。そう思うとアヴェンタドールは安い買い物だったのかもしれません。

 

無理して乗った。だからよかった

アヴェンタドールはスポーツカーとしての性能以外に、実に多くの価値を提供してくれました。人を呼び込む力、自分に自信をつけてくれる力。これらはビジネスをより上質なものにしてくれます。ボクはアヴェンタドールが持つ性能一つ一つを細かく評価するのではなく、アヴェンタドールが持つオーラや、人を魅了する力を欲したのです。そしてアヴェンタドールは駆け出し経営者として自信を欠いてたボクを一つ上のステージへ押し上げてくれました。膨れ上がる借金、経験したことのない経営業、転落への恐怖、そこから生まれる保守的思考。アヴェンタドールはそういうネガティブを消し去り、前へ前へ進むようボクの背中を押しました。こういう値段以上の価値を提供してくれるクルマこそ、若く、くすぶってる起業家は思い切って乗るべきだと。今のボクはそう感じます。

 

スパカコミュニティは人脈の宝庫だった

マセラティからアヴェンタドールに乗り換え、コミュニティの環境はネオクラ時代から比べると一変しました。起業家が多く、そして規模もデカいです。彼らは年齢を気にせず、クセの強いボクを大らかに受け止める懐の広さを持っていました。仲良くなりビジネスとして取り組みをしたこともあります。今東京に生息しているミート君もこの頃からの知り合いです。6年間ほどお互いを知らずクルマだけで繋がってきた二人が今は一緒にビジネスをやっていることを考えると、このコミュニティの強さは起業家にとって手にしておくべき力でした。

コミュニティで多くを知る

何台も同時にスーパーカーを所有する仲間たちは一見社交的に見えますが、するどい感覚で人の本質を見極めようとしています。疑い深いとかそういう話ではなく、それは人の防衛本能なのです。たくさんの人を雇い、重い社会責任を背負う彼らはリスクを極端に嫌いますからね。ボクは仲間から「怪しい」とハッキリ言われた事があります。突き抜けた彼らは一発屋を好まず、継続性がある身元確かな人間を好む傾向にあります。今では一緒にお酒を飲む仲ですが、ボクのような若造が成功者の彼らに受け入れられるのに数年を要したのです。その分リターンは多く、先人達のマインドを深く知る事によって自分自身のビジネスにフィードバックできました。これは新米経営者にとって重要な事です。

そしてLP700を降りる

初めてのアヴェンタドールLP700は多くのものをボクに与えてくれました。そして次期モデル、アヴェンタドールSの登場です。

▼LP700からアヴェンタSロドスタへ▼

初めてアヴェンタを買った頃から、ボク自身も成長しました。人生の目標だなんて思ってたアヴェンタドールも2台目。熱意は昔ほどありません。でも新車オーダーは未経験だったし、まだまだアヴェンタは品薄。高いリセールも保たれていました。悪い買い物ではなかったのです。

次期アヴェンタドールSロードスターに乗る

アヴェンタドールSロードスターを手にし、もっとも感慨深かったのは、

お披露目を学校構内で、学生達に向けて行えた事です。彼らは純粋に驚き、そして夢を持ってくれました。現代の若手は生き方を見失いがちです。それはボクのような世代が夢を与えていないからでしょうか。

ロードスターに魅せられるが

確かにSロードスターの見事なフォルムと特注した内装、屋根開きスタイルはボクを魅了しました。しかしこの頃からアヴェンタドールへの熱意が著しく下がったのも事実です。LP700の時のような新鮮味はなく、時代はスーパーカーの量産へ移行しました。各メーカーがスーパーセグメントをたくさん発表し、市場の意識は分散。中古車市場にも在庫が溢れました。こうしてスーパーカーの価値の一つである希少性が失われていくのです。

SVJの権利到来

ディーラーから入電。SVJの権利割り当て連絡でした。その時の様子は↓

先代SVを買い損ねたボクにとって大きなチャンスでした。ついに特別車に乗れるのかって。誇らしくもありました。でも葛藤もありました。スパカへの情熱が薄れゆく今、あえて特別車に乗り換える必要もないかなって。

SVJ購入を決断したのは

総じてメーカー特別車というのは希少性を持ち、価値を維持しやすい傾向にあります。ランボルギーニやフェラーリの特別車ともなればプレミアが付くこともありました。ボクがSVJを購入しようと決断したのは、そういう性質を好んだからです。特別車に乗り、さほど損もしないまま売り切れる。これも悪い買い物にはならないだろうと思ったのです。

何かおかしい

SVJの購入意思を表明し、アヴェンタドールSロードスターは早期に売り切ろうということになりました。ボクのSロードスターの納期は世間的に見てもかなり早く、中古車市場にはほとんど出ていません。おおよそスグ売れるだろうと思っていましたが・・・。待てども待てども商談が入りません。時は3ヵ月、半年と過ぎていきます。

急速な市場飽和と値下がり

このあたりから急速に市場にアヴェンタドールが溢れていきました。もちろんボクのSロードスターの商談は入りません。半年以上、一件もです。

増え続ける中古車サイトのアヴェンタドール在庫件数。鳴らない電話。値下げしか成す術のないディーラー。買い取りを拒否する販売店。近づくSVJの納車日。イラ立ちを覚えるボク。

心境の変化

このあたりからスーパーカーへの情熱は更に落ちました。各メーカーから息つく暇もなく発表される特別車、飽和する市場。値下がり続けるアヴェンタドール。ボクのSロードスターの評価額はわずか2000kmの走行で1500万円以上落ちました。

何度も「好きなクルマなんだからリセール低下を気にしないように」って自分に言い聞かせました。しかしリセールの低下はお金の問題ではなく、乗る意義の喪失につながります。人気のないクルマを誰がスーパーと呼ぶでしょうか。このあたりからボクの中でランボルギーニがスーパーカーブランドであるという認識は完全に喪失しました。

周囲の変化

スーパーセグメントが乱立されるようになってから周囲の仲間たちの中でスーパーカーそのものから降りるという人が増えてきました。中には手持ちすべてを処分してクラシックカーに走ったツワモノもいます。スーパーカーがより一般化したのと、市場全体で値下がりした事が要因なのかもしれません。昔からスーパーカーを乗り継いできたセレブ達は資産価値への配慮がハンパじゃありません。だからこそ成功した彼ら。そういう人達が市場からいち早く撤退しているこの事実。どう捉えるべきでしょうか。

ケーニッヒベンツの登場

ランボルギーニに憧れ、実現を噛み締めた時代はものの数年で終わりを迎えました。時代の流れが急速だったことが大きいでしょう。初代LP700が現役だった時と、SVJが登場した今ではアヴェンタの評価額に雲泥の差があります。市販車の大幅下落と限定車という名の量産型SVJ。もはやボクの中でアヴェンタドールはNBOXやアルファード、それらと大差ない存在になりました。

ボクはもっと希少性が高く、永遠に保持したいようなクルマを欲しました。それは突如やってきました。

ランボルギーニに魅せられる前、ボクはコアなネオクラベンツ信者でした。その時から強烈に欲しくて、それでも手に入らなかったもの。それがケーニッヒベンツでした。世界がAMGを評価する中でも、ケーニッヒを求め続けたのは、AMGでは絶対に超えられない迫力と、アヴェンタドールとは違うけど、どこか似た造形美をケーニッヒは持っていたからです。趣味車がアヴェンタドールへ移行するとともに、ケーニッヒへの想いは封印されましたが、現代スパカへの熱意無き今、ボクは時代を巻き戻し、その時の自分の想いに答えようとしたワケですね。

ついにSVJ納車を迎える

ボクの想いとは裏腹に、SVJの納車日がやってきました。素晴らしいデザインに心奪われました。情熱がない、それでもその魅力には抗えないほどの輝きをSVJは放っていたのです。

2019年6月現在では高い希少性を持ちますが、それも今だけの話でしょう。やがて市場に出回り、誰が見ても物珍しいものではなくなるかもしれません。それでもSVJの品質は素晴らしく、これをずっと所有しようとも考えました。しかしランボルギーニブランドへの想い入れは昔ほどありません。この葛藤。ボクはどこへ向かえばいいのでしょう。

最後に

と、いうわけでアヴェンタドールSVJ購入記シリーズの総まとめでした。皆さんお付き合い頂きありがとうございます。

2014年、マセラティグランツから2019年アヴェンタドールsvj。いやぁ、”時”って早いですね。時代は変わり、ボク自身も変わりました。さぁて、あなたはどう変わりましたか。