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w126ベンツ(ゴーロクマル)とはどういうクルマか
いわゆる当時のSクラスに該当する。品質を最重要視して作られたと言われているね。ドアを閉めた時の重厚感はGクラスとまた違った感じ。戦車みたいなクルマだよ。いろんなグレードが存在するけど、やっぱり人気はゴーロクマルと言われるV8、5.6リッターの最上級モデルだね。
※娘もゴーロクマルが好きだった
ボクはゴーロクマルAMGモデルに乗っていた
※当時はオフ会も活発
※知り合った仲間はみな良い人だった
※若いユーザーも活発だった。
w126 AMG 560SEL6.0の走りは強烈だった
排気音は高級車のソレとはかけ離れてたな。レーシングカーさながらだよ。ま、レーシングカー乗ったことないけど。
高速走行は素晴らしくてね、超高速域でも踏めば延々と加速していくんだ。うなるエンジン、どこまでも続く加速、その先に見えたもの。それは・・人生初の免停だった。
なによりAMGのフォルムが好きだった
現在、日本では絶滅危惧種に
※大好きだったAMG3ピースアルミ。16本も集めた。今じゃここまで情熱注げるクルマがない。
いやぁ・・見事に個体数が減った。もう一つの名車と言われるW124 AMG E60はまだ探せばある。でも、このゴーロクマルAMGはない。どこを探してもない。どこいったぁー!
ま、もし市場に出たとして手が出せるほどの金額ではないだろう。W124 500系の値上がりもスゴイが、おそらくゴーロクマルAMGの程度良好なものは更に上の値段を付けそうだ。
まだタマ数があった時代、ボクのような中途半端な人間の手に渡り、ゴーロクマルは消耗された。そして年月が経った今、ゴーロクマルは本当の富裕層こそ手にすべきクルマに変わりつつある。
※ゴーロクマルのクーペ版、SECのAMGが現在2500万で売られている。2013年当時は800万でも高いほうだった。
ゴーロクマルよ、もう一度
この2台にケジメを付けてからボクは最新型を追い求めるようになった。より派手に、より最先端に。追い求めた先はランボルギーニ・アヴェンタドールだ。
最新で、ドアが上に開くアヴェンタドール。それはそれは素晴らしい。何も君に異見する気はない。君は一つの究極だ。しかしな・・いかんせん市場に増えすぎた。特別版とも言われるアヴェンタドールSVJは世界限定900台。W124 AMG E60は世界限定500台。ゴーロクマルAMGに至ってはもっともっと少ない。
個体数が少ない意味は、「入手困難だが、所有出来た時の充足感はMAX」だという事。それは価値の維持につながり、愛着が湧き、あなたの人生に未来永劫、スパイスを効かせてくれる存在になる。
そういう普遍的なクルマをボクは欲している。経済成長が前提の資本主義が限界を迎えつつある今、社会主義への回帰を唱える若者が世界で増えているという。人はある地点まで行くと原点に立ち返ろうとするものだ。クラシックカーマニアに真の富裕層が多いのも頷ける。
しかし素のゴーロクマルを欲してるワケじゃない
素のゴーロクマルがイヤってワケじゃあないんだ。ボクはゴーロクマルAMGに乗った。あのフィーリングは今も体に染みついている。もし叶うならもう一度それを味わいたい。・・・でもね、ゴーロクマルAMGを超える者が存在するんだ。
当時ハンマーエンジンをぶりぶりさせながら走っていたボクは一人のベンツフリークに出会った。彼のクルマの前ではボクのゴーロクマルは小さく見えた。いやあのクルマの前ではあらゆる物がチッポケな存在なのだ。
その名は・・・
ケーニッヒだ!
逆張りスーパーカー
実車は強烈だった。ベースはコンフォートなセダンなのに、ベンツが誇るフラッグシップマシンなのに、どこでどうしてそうなった?って思うほど張り出したフェンダー。アヴェンタドールと同等サイズのタイヤ。スーパーチャージャーで武装するも、ブレーキは普通。見事にすべてが矛盾。しかしそこが良い。全長5m超え、横幅2m超え。自分勝手極まりないこのケーニッヒ。一言で表すならば・・・
万物へのアンチテーゼ
ぞくぞくしないかぃ?こいつを所有した時点でもう普通じゃいられない。誰も君を普通な奴とは見ない。ケーニッヒは唯一無二、君を文字通りのキングに仕立て上げてくれるだろう(ケーニッヒ=王様の意味)。原点回帰した先にケーニッヒ。突き抜けた先にケーニッヒ。今晩のおかずにケーニッヒ。うむ、全米5億人のファンを持つオレのアイコンとして相応しいぞよ。でも乗り方を間違っちゃぁいけねえ。ここ日本では一つ間違えばスーパーDQNだ。
と、いうわけで次回はケーニッヒについて。
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